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2007年02月21日

株長者がごろごろ    (会社設立の経緯 episode5)

□CSKの寮生活

地方出身で貧乏だった私は、会社の寮がありがたかった。
運良く入れたCSK武蔵境寮は、6畳一間を5,000円で貸してくれた。
学生時代は3畳トイレ無共同風呂を19,000円で1年、その後4畳半トイレ無共同風呂無を13,000円で卒業まで借りていたが、CSKの寮はそれより安く、共同風呂もついている。申し込めば賄いだってある。
安いながらも給料がもらえるようになって、家賃も安く、若干余裕ができた私は、400ccのバイクを購入しCSKのツーリングクラブに入会したりした。

□株長者がごろごろ

CSKは私が入社した前の年の1982年に東証二部に上場し、当時株価が日本一高かった。ソフトウェア産業初の上場としてその将来性がもてはやされていたのだ。
そんなわけで、CSK社内には株長者がごろごろしていた。
ある先輩は持ち株が100倍位に値上がりして1億円以上の価値になり、浮かれて毎日歌舞伎町で飲み歩いていた。
数十人を引き連れて歌舞伎町のクラブをはしごして、全部おごってくれるような豪快な上司もいた。
対照的に、持ち株会に入らなかった人は悲惨だった。
ツーリングクラブの先輩に、ハーレーダビッドソンに全収入をつぎこんでいた人がいたが、持ち株会に入ってなかったので株売却益とは無縁で、6畳の風呂無しアパートで極貧生活をしていた。

□次々に独立、引き抜き

同期入社は600人もいた。
ところが半年もすると次々と辞めていくではないか。
会社とは一生一社で勤めるものと思い込んでいた私はかなり驚いた。

あるものは外資系の会社に引き抜かれて年収が○千万になったとか、
何人かは独立して会社を始めるものもいた。

うかうかしているわけにはいかないと感じるようになった。
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