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2007年04月25日

いつも2番手の小学生 〜子供の頃 episode4〜(回想録)

幼稚園を卒業して、亀山市立川崎小学校に入学した。

ド田舎なので、クラスは1学年1クラスしかなかった。
1年の2学期には学級委員になった。
本当は1学期からなりたかったのだが、クラスの投票で正人君に負けたのだ。
それから6年になって2クラスに分かれるまで、毎年1学期の学級委員の投票で正人君に負け続けた。
正人君には激しいライバル心を燃やしていたのだが、一度も勝つことはできなかった。

近所には同級生の拓也君がいた。
昭和46年に拓也君の家の隣に父が土地を買い、念願の一軒家を立てたので、拓也君とは隣同士になった。
いつも行動を共にし、無二の親友となった。
ちなみにこの一軒家は今も私の実家として残っている。

拓也君のお父さんは教師だった。
非常に教育熱心な家庭で、結構世話になった。
5年くらいからだったと思うが、拓也君のお父さんの指導により、拓也君と共に毎朝ラジオ体操をしてから800メートルを走ることになった。
毎日とてもつらかった記憶があるが、毎日のトレーニングで長距離走が得意になった。
今健康でいられるのは、拓也君のお父さんのお陰でもあると思う。

5年か6年の時の学芸会では、劇の脚本を書き、演出もやった。
先生にも結構受けていたと記憶している。
作家の才能があるのでは、と思ったものだ。

6年の時は児童会長になった。この時も、1期目は選挙で正人君に負けて、2期目の当選だった。
小学校時代は常に2番手だった。
正人君には人気で負けていた。
人気がなかなか取れないところが、今も自分の弱点だと自覚している。
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