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2008年06月11日

天職を果たす (元気が出る言葉)

人は須らく自ら省察すべし。

「天何の故にか我が身を生出し、我をして果して何の用にか供せしむる。

我れ既に天の物なれば、必ず天の役あり。

天の役共せずんば、天の咎(とが)必ず至らむ。」

省察して此に致れば即ち我が身の苟くも生く可からざるを知らむ。

──佐藤一斉「言志録」第十条

 

(訳)

人は誰しも次のことを反省し考察してみる必要がある。

「天はなぜ自分をこの世に生み出し、自分を何の役に立たせようとしているのか。

この身は天から授かったものだから、必ずや天職というものがあるはず。

だからこの天職を果たさなければ天罰を受けることになる。」 

ここまで反省考察してくると、自分はただ、うかうかとこの世にいるだけでは済まされないような気がしてくる。

 

人は何のために生まれてくるのか。

自分は何のために生まれてきたのか。

それは、天職を果たすためなのだ。

 

自分にしかできないことがある。

自分がやらなければならないことがある。

世の中が自分の仕事を待ち望んでいる。

 

人は誰も天職、つまり行うべき使命を持っている。

誰しも早くそれに気づき、

天職を全うすべく、一心に努力を重ねるべきなのだ。

 

この記事へのコメント
佐藤一斎先生の娘は、吉田茂首相の養子先の母だったそうです。吉田茂は、幼少の頃、言志録等の一斎先生の文献により、この母から漢文に関する徹底的な英才教育を受けたそうです。吉田茂が「バカヤロー発言」で、支持率が急落し、国民からの凄まじい非難の怒号に晒され、ついには内閣解散に追い込まれた時、国会で野党から国民の非難についてどう思うかと問われ、『当今の毀誉は懼るるに足らず。後世の毀誉は懼るべし。一身の得喪は慮るに足らず。子孫の得喪は慮るべし。』(言志録)と一言で答弁し、平然としていたそうです。一斎先生の弟子の一人に、佐久間象山がおり、佐久間象山の弟子が吉田松陰だったそうです。
Posted by 上河洋介 at 2008年06月11日 09:43
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